夢を見た。




甘い夢の中に、誰かの影が見えた。


『シガレット・キス』


紫煙たなびくいつもの部屋。
いつもと違う甘い匂い。
微睡みの世界から引き戻された荵の視界に広がる赤い波。

「・・・・タバコ・・・?」

「んぁ?起きたのか」

彼女が寝転がるソファに背を預け、床に胡坐を掻くエンジが火の点いたタバコを咥えながら振り返る。
その点火部分から香るのは、キャンディーのように甘く香る煙。
いつもとは違うそれに、荵は目を細める。

「何、それ?」

それ、の意味が分からず首を傾げるエンジに、彼女は自分の口元を指した。

「あぁ・・・・・間違って買っちまった」

ジェスチャーの意味を理解し、簡潔に告げて手元にある緑色のケースを見せる。
タバコの名称には詳しくないが、アップルミントと書かれているそれに香りの正体を知った。

「変なの・・・・」

「るせーな。勿体無いから吸ってるだけだっての」

小さく舌打ちして、エンジは前を向き直す。
ゆらゆらとくゆる紫煙は、ふんわりと空中に散る。
その度に甘い香りが鼻腔を擽る。
昔、こんな香りのキャンディーを食べた事があるような気がする。

「甘い?」

短い質問に返ってきたのは無言の肯定。
身体を起こして彼の背中から腕を回し、凭れ掛かりながらその唇からタバコを攫う。
そして、そのまま自分のそれへと運んだ。
フィルターを咥え、煙を吸い込んで離す。
立ち上る香りと唇に残る甘さ。
何故だが笑いが込み上げ、唇を舐めながらクスクスと小さく漏らした。

「キスってこんな味?」

「知らねぇ」

タバコを奪われた不満たっぷりの声音に、青い瞳が伏せられた。

「この味って事にしとこ」

後ろから抱き着いたまま彼の頬に頬を合わせる。
その体温とタバコの香りに、再び眠気が押し寄せてくる事に気付く。



眠りに落ちる瞬間、唇に触れた柔らかな温もりはほんの少し苦かった。



END





―――後書―――
次にこれってどうですよ?(何が)
普段はこんな事もしてますって事が言いたかっただけで、本編とは何の関係もありませんのであしからず(笑)