桜は好きじゃない。
儚さが美しいのは分かっているのに、それが一体何の救いになるというのだろう。

「八潮?」

青い瞳が見下ろしていた。
眩い金色の髪に、淡い薄紅色が絡む。
もしもそれが元々の色である漆黒の髪だったら、白昼夢に涙を零したかもしれない。

「寝てるかと思った」

「さっきまでは夢の中だったわ」

手を伸ばし、降り注いだ花弁を受ける。
触れれば消えそうな程に心許ない色彩。
いっそ幻でない方が信じがたいくらいに。

「花弁だらけね」

「多分、お互い様だと思う」

遠い昔に交わしたような会話。
それは、先程の夢の中に出てきたのかもしれない。
眩暈を感じるデジャヴ。

この後、自分は何て言っただろう。
貴女は、何て言ってくれただろう。



夢の中の貴女は、それでも笑っていた。



「儚すぎるのね・・・」

呟いた声は、彼女に届いただろうか。

「何の夢見てたの?」

自分の髪に残った花弁を払いながら問われる。
桜が似合うような似合わないような、美しい少女。

「桜の夢かしら」

そう、貴女は桜だった。

だから、あんなにも綺麗に哀しく散っていった。

「桜好き?」

「・・・いいえ、嫌いよ」

狂い咲きの桜は何も残さずに散って逝ったから。
貴女にとっての唯一人を置いて。

「桜は、嫌い」

もう一度呟いて、ゆっくりと目を閉じる。
真っ白な闇の中で、凛とした声が聞こえた気がする。



「八潮の、嘘吐き」





―――桜と嘘―――






‖後書‖
拍手に置いていた文です。
桜の花は、散る時が一番美しい。