梅雨空と言うのは、とにかくはっきりしない。
今年は特にその傾向が強いらしく、朝には太陽が出ていた筈の今日も、お昼前には真っ黒な雨雲を見上げる羽目に。
あと30分は持つだろうという考えは見事に裏切られ、目的地まであと僅かという所で降り出してしまった。
慌てて近くの喫茶店の軒先に駆け込み、鈍色の空を睨み付けて舌打ちすると、隣に佇む金色の波が似合わない事をする、と小さく揺れる。
鮮やかな金の髪を持つ、僕の主である少女を振り返れば、雨が降り出した瞬間とっさに掴んでしまったその手を未だ握っている事に気付いた。
その失礼を詫びてそっと離した時、主は再び笑う。

「何か・・・・・可笑しいですか?」

「別に。美沙緒は真面目だね」

一言そう呟いて、主は空を眺めた。
それに倣い、僕も空を見上げる。
すぐそこまで落ちてきたような暗く重たい雲は、ただそれだけで心の底にある疵を呼び起こす。
痛みはすでに無く、冷たい闇だけを湛えるその穴は、泣き叫びたくなるほどの虚しさを伴って其処に鎮座する。



いっそ死に至るような激痛を与えてくれた方が、どれだけマシだっただろうか。



それとも、それもまた無いものねだりだというのか。


否応無しに深淵へと堕ちて行く心を雨のせいにして、そっと溜息を吐いた。

「美沙緒」

名前を呼ばれて振り向く。
頭半分下の位置から、空を見ていた筈の主の瞳が僕を見つめていた。

「何でしょうか?」

その青い瞳は、深くに沈んだ僕の心を引き上げるかのように強い光を放つ。


見透かされていたのか、この愚かな考えを。


「雨は嫌だね」

それは主の本音であり、同時に僕の思いを代弁してくれてたのだと気付いた。

いつからか僕は、その一言が言えなくなってしまっていた。




―――――だからこの穴を埋める事が出来ないのだと、主は知っている。




「申し訳・・・ありません・・・・」

何故か酷く泣きたくなり、俯いたままそう呟くのがやっとだった。
うん、と小さく応えた主は、再び空を見上げて何かを考える。
そして徐に僕の手を取ると、

「濡れて行こうか」

雨空の下に踏み出した。
大粒の雫が髪も服も体も濡らしていく。
けれど、さっきみたいな嫌悪は感じない。

「仰せのままに」

僕の手を掴むその白い手をほんの少し握り返すと、主は綺麗に微笑んでくれた。
ふと夏風邪は後々に引き摺ると聞いた事を思い出し、少しだけ心配なる。




―――雨の日の話―――






‖後書‖
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雨の日の憂鬱も打ち消してくれる人がいる幸せ。