夕立というのはいつも突然だ。
一日中綺麗に晴れ渡っていた空に入道雲が広がり、あっという間に大粒のスコールが降り注ぐ。
普通は10分20分もすれば止むはずのその雨は、今日に限って降り止む様子を見せない。
果てを眺めるように見上げた空には、黒々と重く垂れ下がる雨雲が続いていた。
よりによってこんな日に、と小さく溜息を吐く。

今日は土曜日。

完全週休になった今時の公立高校生な私達は、楽しむべき夏を開始する為に今年初の花火大会をしようと計画を立て、この先にある川原に集合する前の準備としてコンビニに並び始めた真新しい花火を買った帰り道の雨。
降り始めた瞬間土砂降りに変わったその雨に、雨宿り先を探すより早く全身ずぶ濡れとなってしまった。
ポタポタと雫を落とす髪や濡れて重たくなった洋服よりも、コンビニの小さな袋に入った花火が濡れてないかと気になる。
それでも今袋を開けたら逆効果になるような気がして、ガサガサと鳴るビニールを抱えたまま思わず駆け込んだ公園の日除けの下で途方に暮れてしまった。
ザアザアと音を立てて降り続ける雨の隙間から、時折空を割るような稲妻が煌めき雷鳴が空気を震わせる。
下手すれば今日の花火大会は中止だ。

(がっかりするだろうなぁ・・・・桃太もありすも・・・・・・)

表情豊かな二人が、恨めしそうに空を見上げたまま溜息を吐く姿が容易に思い浮かび、ふと苦笑が漏れた。
正直な話、あの二人の悲しい顔はあんまり見たくない。
拗ねる桃太と落ち込むありす。
それを宥める私と大吾。
いつものパターンと言ってしまえばそれまでだけど。
きっと、なかなか機嫌を直さない桃太に大吾は困り果ててオロオロするだろう。
少し可哀想に思えるけれど、見ていると楽しくて微笑ましい。
大吾は二人に甘いから、きっと花火の代わりに楽しめるような事を必死で考えて右往左往して、二人が機嫌を直す頃にはきっと疲れ果ててしまうかもしれない。

「・・・きの・・・・雪乃!」

「えっ?」

どれくらいそうして思い描いていたのかは分からない。
名前を呼ばれているのに気付いて顔を上げると、先ほどまで思い浮かべていた、困ったように眉尻を下げた少し情けない顔が目の前にあった。
普通にしていれば良い男なのに、といつも思う。
もっとも、普段こんな顔をするのは私達の前だけで、だからこそ何も知らない後輩達の人気も高いんだろうけど。

「雪乃?大丈夫??」

心配そうに首を傾げる様子が、黒い大きな傘の中に見えた。

「・・・・大吾、こんなトコで何してるの?」

「いや、それこっちの台詞だから。こんなトコでびしょ濡れでぼんやり突っ立って・・・・風邪引くよ?」

雨はいつの間にか小降りになっていた。
そんなに長い間ぼんやりしていたんだろうか?

「ほら、家まで送るから。ホントに風邪引くよ」

そう言って、自然に普通に私を傘の中に誘う。
そして私も傘へ入る。
端から見れば恋人同士にでも見えるのだろうが、これは小さい頃から続く幼馴染み故の習慣のようなものであって正直その勘違いは勘弁して欲しい。

「花火出来るかな?」

パラパラと傘に当る雨の音に耳を傾けていると、ふと大吾が呟いた。
下がったままの眉尻は上がる事もなく、空を見上げた後で心配そうな顔を向けてくる。

「花火出来なくなったら」

「桃太が悲しむ。でしょ?」

大吾が言わんとした台詞を先取ると、苦笑しながらバツが悪そうな表情で頬を掻く。
図星を突かれた時の顔だ。

「ホントに、大吾って桃太の事しか考えてないね」

「そんな事無いと思うけどなぁ・・・」

昔から大吾は周りの事を、特に桃太の事を一番に考えるような、言わば貧乏くじを引きやすいような性格だった。
その為に色々と苦労もしてきたと思うけど、本人としてはそんなつもりは無いらしい。
それは見ていて呆れると同時に、周りをなんとなく安心させるような妙な信頼感を持たせてくれる。
馬鹿が付くほどお人よしで苦労症だけど、ほぼ唯一と言っていいほど気を張らなくて済むこの友人が、私はとても貴重で好きだと思う。

「そこがあんたらしくていいよ。私は嫌いじゃない」

「あはは、ありがと」

二人で少しのお喋りをしながら、私の家の玄関先に着いた瞬間。
雲が切れて鮮やかな夕焼けが私と大吾を眩しく照らし出した。
東の果てへと流れていくそれを見上げて、これ以上雨は降らないと確信する。

「花火、出来そうね」

「ホントだ」

赤く染まった大吾は、その顔に満面の笑顔を湛えている。
きっと、この後に来るはずの4人での楽しい時間に期待を寄せているのだろう。

「嬉しそうな顔してる」

「雪乃だって」

そう言われて、初めて自分も笑っている事に気付いた。
ふと気になって、コンビニ袋を覗き込む。
ずっと抱きかかえてたおかげで、花火は雨に濡れていなかった。

「着替えるからちょっと待ってて。花火も無事みたいだし、一緒に二人を迎えに行こう」

「ん、分かった」

大吾に花火を預け、部屋に向かう。
ドアを開けて窓に目をやると、真っ赤な空に虹が見えた。






―夏の始まりの雨と花火―



END






‖後書‖
拍手ログです。
ずっと続けばいいと思える時は誰にでもあると思う。